会計システムパタンランゲージ

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事業報告簿の複線化

事業報告簿の複線化

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・・・事業報告と会計の分離にて、会計帳簿から事業報告簿を切り離し、純化された会計記録で、会計帳簿から事業報告簿の役割分担を明確にしましたが、事業報告簿がどのような構成となるのかは、まだ明瞭ではありません。

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企業は、事業報告の目的に応じて、異なる報告基準を適用しなければなりません。典型的な例は、財務報告と経営報告(管理会計報告)に異なる基準を適用するケースです。また、上場企業においては、IFRSと所在国のローカル基準での財務報告が求められます。 特に後者への対応として、ERPシステムのいわゆる「複数帳簿機能」を適用するというアイデアが過去に提示されています[IBM,2010] p.79, [日本オラクル,2011] p.124)。ひとつの取引に対して、日本基準とIFRSなど複数の報告基準でそれぞれ仕訳計上するというものです。

自動仕訳は魔法の杖ではない

しかしながら、こうした手法をとった場合、仕訳数が倍増し、正確性を担保すること自体が困難になるでしょう。

この種の提案の背景には、ひとつの取引記録(インプットデータ)から事業報告ごとに仕訳を作成する処理は自動化できるので、業務増にはならないという考えがあります。実際には、自動化するにしても、取引記録から報告基準ごとに異なる仕訳を作るための自動仕訳規則や按分率などの計算パラメータは人間が設定するので、自動仕訳結果には間違いも生じ得ます。複数パターンで自動仕訳を行うならば、必ず、何らかの方法でそれぞれの仕訳結果を検証し、さらには承認する必要が生じます。これらは余分な業務負荷をもたらすとみるべきです。

より深刻な問題は、仕訳に混入する報告基準依存の要素が濃いまま多重に仕訳を作成することで、その内容を理解しようとする現場部門のモチベーションを削いでしまうことです。結局、仕訳は、ビジネスの活動の誠実な記録とは受け止められなくなり、だれも内容を理解しない、コンピュータ処理上の単なる中間データのようなものに退化するでしょう。これは、会計情報の品質を劣化させるとともに、事業部門と会計情報の間にすでに存在する溝をさらに深めると思われます。

事業報告基準への依存性を局所化する

以上に対して、事業報告基準への依存性を局所化するアプローチが可能です。すなわち、事業報告と会計の分離によって会計帳簿から事業報告簿を切り離し、純化された会計記録を用いて、会計帳簿に収容される仕訳を事業報告基準に依存せず事実を記述するものとした上であれば、事業報告基準の違いにもとづいて分割すべきは事業報告簿のみとなります。会計帳簿はもはや事業報告基準に依存しないからです。

財務報告基準にもとづく報告簿の分割
財務報告基準にもとづく報告簿の分割

こうしたアプローチを採った場合、事業部門が、日々、責任をもって作成・承認するのは、会計帳簿に記入される仕訳であって、それは、商品の販売、検収、経費支払といったビジネス活動に関する事実関係を素直に記述したものとなります。一方で、報告目的と報告基準に依存する複雑な修正処理は、基準に精通した経理部門に委ねられ、かつ、報告目的に応じて区分された事業報告簿上で実施できます。

事業報告簿の構成

事業報告簿が複数ある場合、それらの関係は必ずしも並列ではありません。例で説明しましょう。法人税の計算は会社法による決算にもとづきます。法人税申告のための報告簿を設けるとすれば、それは会社決算用の報告簿に依存します。すなわち、法人税申告用の報告簿には、会社法決算用の報告簿のデータを取り込むことになるでしょう。

複数の事業報告簿を設けるというアプローチは、投資家に向けた財務報告(IFRSが適用される可能性がある)と、株主及び債権者に向けた決算報告(各国会社法と各国会計基準にもとづく)が異なる場合に加えて、それら財務報告(財務会計)と経営報告(管理会計)で報告基準に差異がある場合にも適用できます。

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したがって、

複数の事業報告基準に対応する必要があるとき、報告基準に依存する相違が多岐にわたるのであれば、事業報告簿を報告基準ごとに設けること。その一方で、事業報告の種類が増えても会計帳簿は一本化を維持すること。

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財務会計管理会計の関係性

複数帳簿機能の文脈では、会社法決算(ローカル決算)とIFRS財務報告への対応が強調されがちですが、その前提には、財管一致を前提として、経営報告(管理会計)がIFRS財務報告に寄りそうという認識があると思われます。

論理的に考えるならば、それを前提とする前に、財管一致が適切かという問題、すなわち、財務報告基準に縛られる外部向けの財務報告(財務会計)と内部向け報告である経営報告(管理会計)の関係性について検討すべきです―財務報告から自由な経営報告(未記述)。

財産評価への影響

事業報告簿の複線化に対応して、財産の評価に関連する諸々の計算処理でも複線化が必要となる可能性があります。

在庫の計算を例に採ると、経営報告では、期末在庫は評価しない、あるいは予定単価や最新仕入単価で評価するといった具合に、財務報告とは異なる処理を採ることが合理的かもしれません。例として、現代の有力な管理会計アプローチであるアメーバ会計では、購入品は検収時点で費用化され、在庫額は評価しないことが原則とされています([稲盛,2010] p.189)。

財務報告と経営報告の間だけではなく、財務報告に含まれる投資家向け報告(金融商品取引法による開示、IFRS適用)と株主・債権者向け報告(会社法決算。日本基準適用)の間でも財産評価基準のズレは生じ得ます。固定資産の減価償却に、IFRSでは経済耐用年数を用いる一方で、会社法決算では、法人税申告を考慮して法定耐用年数を用いるなら、減価償却計算を二通り行いたいということになるでしょう。

その一方で、事業報告ごとに、細部の基準は異なるにしても同様の評価計算が必要とされる場合も多いでしょう。例えば、多くの場合、原価計算は、財務報告・経営報告いずれでも必要です。と同時に、好ましい減価償却基準の違い、計算が前提とする稼働率(操業度)の違いなどで、財務報告向けと経営報告向けで異なる原価を計算したい場合もあるでしょう(本パタン・ランゲージはそのような方向性を支持しています)。

以上のように、在庫評価、減価償却計算、原価計計算といった分野でも複線化が必要となる場合があります。これに関しては、財産管理から独立した財産評価(未記述)で扱います。

参考文献

[IBM,2010] IBM Global Business Services 経理財務変革コンサルティング著、松尾美枝・後藤友彰監修,『IFRS時代の会計イノベーション』,日経BP社, 2010年

[日本オラクル,2011] 日本オラクルIFRSシステム研究会,『IFRSシステム対応の実務』,日本実業出版社, 2011年

[稲盛,2010] 稲盛和夫著,日経ビジネス人文庫アメーバ経営』,2010年