会計システムパタンランゲージ

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事業報告と会計の分離

事業報告と会計の分離

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現代における会計は、事業活動を担う人々にとって大変わかりにくいものになっています。その一方で、財務報告(財務会計)・経営報告(管理会計)のニーズは高度化し、従来の会計及び会計帳簿の枠組みに収まらなくなりつつあります。

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会計への財務報告の浸潤

一番目の問題の背景として、会計に財務報告の要素が混入し過ぎ、財務報告基準に従って加工された数値が、事業活動において日々あらわれる取引金額と結びつきにくくなっているという事情があります。近年、国際財務報告基準IFRS)の適用にともない、市場での時価あるいは将来キャッシュフローの見込みといった要素が財務報告に織り込まれるようになり、この傾向がより一層強くなってきています。

財務報告を重視する傾向は、会計の誕生とともにあったわけではなく、企業が大規模化し、資本市場からの資金調達の重要性が増し始めた19世紀末葉ごろから現れ始めました。それ以前、特に複式簿記が確立された13、14世紀ごろのイタリアにおいては、財務報告制度は無く、従って当時の商人たちは財務報告基準も知らなかったのです。*1

このことが示唆するのは、会計には本来、財務報告の手段あるいは僕(しもべ)であるという以上の役立ちがある、ということです。そうでなければ、商才に長けた当時の商人たちが、大きな手間をかけて会計記録を維持するはずもありません。

すなわち、会計は、その本質において財務報告に依存するものではありません。そして、そうであるならば、財務報告という要件をいったん棚上げして会計独自の役立ちを追求することで、会計の有用性を回復できる可能性があります。会計帳簿に接ぎ穂される形で財務報告が発達した背景には、財務報告の重要性が増した19世紀から20世紀初頭の技術水準という要因もあるでしょう。当時の情報システムは手書きの帳簿を前提とする他ありませんでした。現代においてそのような制約が解消されていることは、周知のとおりです。今日では、会計と財務報告の関係性を、別の形でデザインすることも可能です。

財務報告・経営報告の複雑化・高度化

本パタン・ランゲージでは、企業組織外のステークホルダーに対する報告である財務報告(財務会計報告)と、企業組織内のステークホルダーに対する報告である経営報告(管理会計報告)をあわせて、事業報告と呼びます。

事業報告
事業報告

事業報告に対して、もともとの会計は、個々の財産の管理を旨とするものでした。両者の機能範囲を例示すると下表のようになります。*2

会計
            (財産管理)            
事業報告
現預金出納
売掛金管理
買掛金管
仮払・経費精算
・・・
財務報告
経営報告(含、計画・見込)

そのための
減価償却
原価計算
在庫評価(移動平均法など)
外貨建債権の換算替
・・・

先に挙げた問題の二番目は、もともとはこの表の左側の仕事のために生まれた会計帳簿という機構が、表の右側である財務報告・経営報告のニーズを満たせなくなってきていることです。これには、財務報告・経営報告それぞれの事情があります。

財務報告には、市場価値、将来キャッシュフローの見積など、会計帳簿の取引記録に由来しない要素が含まれるようになってきました。また、伝統的なB/SやP/L以外に、キャッシュフローステートメント、注記情報など膨大な情報が報告に含まれるようになっています。伝統的な会計帳簿でこうした情報をうまく取りまとめることは困難です。

一方、経営報告では、実績に加えて計画・見込といった将来情報が重要になってきています。こうした情報は組織の各部署から収集し統合しなければなりませんが、従来型の会計帳簿と仕訳という記録機構はそうした業務を十分に支えられる機能を提供していません。また、製品別・顧客/市場別・プロジェクト/施策別といった、経営管理に必要な多様な粒度のデータの扱い、さらには各部署から報告される予実差異理由など、文字情報を含む非数値データの扱いといった点でも、従来型の会計帳簿データベースはニーズに十分に応えられなくなりつつあります。

こうした事情から、事業報告と会計の分離は、事業報告の側からも望ましいこととなってきています。事業報告が会計に依存することは必然であるにしても、会計とは本来別の機能であることを受け入れるなら、会計帳簿の伝統的制約から離れて、事業報告に最適化された帳簿構造/帳簿技術を採用し得るからです。

事業報告簿の設計

これまでの説明で明らかなように、事業報告と会計帳簿の分離は、事業報告簿と会計帳簿の分離を必然的に伴います。事業報告簿には、報告のための基礎データとして会計帳簿及びその他のデータソースからのデータが取り込まれます。

本パタンの適用の仕方には、大幅なグラデーションがあり得ます。伝統的な会計帳簿には、事業報告基準に依存する仕訳が大量に含まれていることを考えれば、一足飛びにそれらすべてを事業報告簿に移すのは難しいかもしれません。そうした場合、次のようなアプローチを採ることもできます:

  • 経営報告のための、配賦計算を含む事業別利益の計算と報告を、経営報告簿(経営報告システム)に移す。
  • 財務報告のための決算修正処理と数値の確定を、財務報告簿(財務決算システム)に切り出す。

既に存在する事業報告簿の例

本パタン―事業報告と会計の分離―はまったく新しい着想ではなく、既に進行中の現象に正当な地位を与えるものです。以下にいくつかの事例を挙げます。これらの事例は、旧来の会計帳簿では事業報告のニーズに対応しきれないという、事業報告側の事情から生まれてきています。


連結決算システム

連結決算では、本パタンがすでに部分的に適用されています。連結決算では、グループ内の各社から入手した連結基礎データをデータベースに取り込み、会社間取引/債権債務の消去など様々な修正を施して、連結B/S・P/L、さらにはキャッシュフローステートメントなどを作成します。連結決算システムのこうしたデータベースは、事業報告簿に他なりません。

報告用スプレッドシート

経営報告の領域では、自由度の高さのゆえ、Microsoft Excel®に代表されるスプレッドシートが広汎に使用されてきました。こうしたスプレッドシート群は、事業報告簿の役割をすでに一部果たしていると言えます。経営報告のみならず財務報告においても、スプレッドシート上で報告数値を確定し、その後、会計帳簿をスプレッドシートに合わせるために修正仕訳を会計システムに投入している企業は多々あります。

しかし、これらのスプレッドシートは、複雑に絡み合い、ブラックボックス化し易く、報告日程短縮の阻害要因となるとともに、業務引き継ぎを難しくし、標準化も困難です。複数のスプレッドシートに分散したデータを横断的に分析するのも大変です。内部統制の面でも、「スプレッドシート統制」と言われる問題領域があり、スプレッドシートに組み込まれた膨大な計算式の正しさをどう保証するのかが課題として認識されています。

スプレッドシートは、事業報告簿システムを構築するという目的に対して理想的なソリューションではありません。取り回しが容易というスプレッドシートの長所を生かしながらも、より堅牢で機能面でも充実した情報システム基盤が必要です。

xPMシステム

企業業績管理(CPM: Corporate Performance Management またはEPM: Enterprise Performance Management)、あるいはビジネス業績管理(BPM: Business Performance Management)向けとよばれる一群のソフトウェアが存在します(以下、xPMと呼びます)。こうしたソフトウェアは、会計システム及び業務システムから実績データを取り込んで、自身が管理するデータベースに格納し、配賦などを施して社内のユーザーに開示します。計画データを収集・統合する機能を備えている場合もあります。こうしたソフトウェアが管理するデータベースは、事業報告簿であると言えます。*3

なお、xPMに類似するシステムとしてBI(Business Intelligence)があります。多くの場合、BIは、ユーザーフレンドリーなインターフェースを介して、会計システムを含む基幹システムのデータを開示する機能を提供しています。それだけでは、事業報告簿を管理しているとは言えませんが、開示用データに対して費用配賦などのデータ加工を行っている場合は事業報告簿システムと考えることが出来ます。


スプレッドシートとxPMについては、実質的には帳簿でありながらそのように認識されていないため、データ変更への統制が不十分な状態があり得ます。会計帳簿と同じような統制―例えば、取引一件ずつの承認や、赤黒方式での訂正―を事業報告簿に適用するのは過剰ですが、事業報告簿にも一定の統制が望まれます。

事業報告簿に関する統制のあり方は、今後、探究が望まれるテーマです。

会計帳簿の再設計

事業報告簿を分離することで、会計帳簿にも再設計の機会が生まれます。

もともと、会計帳簿における勘定は、相手先別に設けられる「人名勘定」や、仕入れの荷口ごとに開設される「口別勘定」でした。会計の重点が財務報告に置かれるようになるにつれ、それが、売掛金・買掛金・商品といった、財務諸表の行に対応する勘定、いわゆる「統制勘定」に置き替わってきました。今では、会計帳簿には統制勘定しかなく、相手先別などの管理は、会計帳簿外で行われている場合もあります。

また、勘定残高の管理の仕方も昔とは変わっています。現在の会計帳簿では、勘定には単に増減が記録され、結果として残高が示されるに過ぎない場合も多くあります。これでは、残額の認識に関して相手方と相違があったとき(「違算」と呼びます)、何が原因なのか非常にわかりづらい状況になります。中世の会計帳簿では、債権の計上と決済(返済)を取引単位で紐付けて消し込むのが普通でした。この方式なら、違算が生じても、双方の認識のズレを明確にしやすくなります。

このように、会計が財務報告寄りになっていったことで、見落とされ消えていった会計帳簿実践があります*4。それに再び光をあて、現代の目で再評価して会計システムに取り入れていくことで、ぎくしゃくした会計実務や周辺業務のしくみを再設計する素地ができると思われます。

現代では、インターネットの普及によって新しいビジネスモデルが次々に生まれています。その多くは、社外のステークボルダーの需要と供給をITで結び付けるものです。こうしたビジネスモデルを機能させるには、信頼性をもって取引を記録し、マッチングし、修正と履行を追跡するデータベースの設計が極めて重要です。会計帳簿は、そうした取引管理データベースを設計する際の基礎となり得ます。

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したがって、

会計と事業報告を切り離し、事業部門の人々にとって理解しやすい会計を形作ること。具体的には、事業報告簿を会計帳簿から分離し、事業報告のためのデータ加工は事業報告簿上で行うこと。事業報告簿には、事業報告のニーズを反映して、会計帳簿とは異なる独自の設計を施すこと。

一方で、事業報告への奉仕から解き放たれた会計帳簿に関しては、財産管理への役立ちの観点から、帳簿実践や、周辺業務で用いられる帳簿との役割分担を見直すこと。さらには、財務報告につながるかは脇に置き、社外のステークボルダーとの取引を含めて管理するデータベースとして会計帳簿の拡張を検討すること。*5

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事業報告から切り離した会計帳簿での記録内容は、事業報告基準に依存しないものに限定していくべきです―純化された会計記録。 会計帳簿の設計は現行のままでも構いませんが、有用性を回復するためには、再設計することが望まれます―採算管理の場としての勘定(未記述)。上述の通り、事業報告簿には、会計帳簿とは異なる新たな設計を適用する可能性が開かれます―事業報告簿(未記述)。 会計帳簿から事業報告簿には会計記録データが接続されますが、その際に、両者のニーズの違いを架橋するデータ変換が行われる場合があります―ひねりを伴う接続(未記述)。 本パタンを本格的に適用する場合には、財務報告と経営報告の関係性について整理が必要となるでしょう―事業報告簿の複線化財務報告から自由な経営報告(未記述)。


脚注

*1 例えば、[渡邉,2005](p.1 )には、以下のようにあります:

複式簿記は、13世紀の初めに、イタリア北方諸都市において、債権債務の備忘録ないしはトラブルが生じたときの文書証拠すなわち公正証書として発生したことは、すでに良く知られているところである。

さらに、同書(p.2-3)によれば、14世紀前半までの約100年間、利益の計算は、複式簿記の帳簿によるのではなく、別途、実地棚卸によって作成される「ビランチオ」が担っていました。この「ビランチオ(Bilanzio)」、すなわちバランスシートは事業報告の原初的な形態と言えますが、会計帳簿の記録から導出されたものではありませんでした。

*2 一例として、在庫管理について、周辺業務、会計、事業報告の役割分担をさらに詳しく示すと下表のようになります。同じく在庫を扱っても、業務の目的と手法が異なるわけです。

周辺業務 会計 事業報告
目的 ・適性在庫水準の維持 ・在庫の保全管理 ・在庫額と入出庫額の決定
手法 ・SCM/MRP
・発注点方式
・入出庫の継続記録
・実地棚卸
移動平均計算など
・低価法

*3 オリジナル版を筆者が開発し、現在はフュージョンズ社が事業展開している経営管理クラウド「fusion_place」も、こうしたxPMシステムのひとつです。同クラウドでは、ユーザーに応じた権限設定といった基本的事項に加えて、マスターや元帳などのデータに関する詳細な更新履歴を確保するなど、事業報告簿に対する内部統制にも配慮しています。

*4 海外製の会計パッケージソフトウェア、例えば SAP社のERP製品の会計モジュールなどには、人名勘定の使用、明細単位の決済・消込などの特長が備わっているものがあって、この点に関しては、日本製のものより会計の原初的形態を残しているように見えます。この背景には、複式簿記の日本への輸入が、主としてB/S・P/Lの作成という点に重きを置いてなされたといった事情が存在するのかもしれません。

*5 本パタンのアイデアを公開の場で初めてご紹介したのは、2011年3月18日の第7回関西IT勉強宴会においてです(リンク先に発表資料があります)。ご機会を頂いたことについて、同会主宰の佐野初夫様にお礼を申し上げます。

参考文献

[渡邉,2005] 渡邉 泉「損益計算の進化」、森山書店、2005年